録音の自由について
b0099108_1145347.jpg

2010 3/19から発売する [Route Music] シリーズを再考してみる。

「東京とセッションする」をキーワードから始まったRoute Music.

Route Music三部作の録音、三年間の録音期間の中で考えた事、疑問に思った事

[東京の音とどこまで遊んでいいのか?]

それはサンプリングに対しての疑問。

どこまでをサンプリングというのか?

どこまでの音が誰によって管理されているのか?音は全て管理出来るのか?

共鳴し続ける音を誰が止める事が出来るのか?

今回のシリーズの録音の素材は、自分の耳に入って来る東京の音すべて。

もう一つのキーワードとして自分を疑似体験できる事。(バイノーラルレコーディングを採用)

耳に飛び込んでくる音の全てを取り込み、共に遊びながら録音する。

渋谷などの繁華街を主に録音の場所とした。

録音方法は歩きながらリアルタイムに町の音とセッションを録音する。
楽器は,自分の体と手に持てる小さな楽器、又はiPhone。

録音を進めるとたくさんの疑問が浮上して来た。

歩きながら録音する事で,意識をしないでも現状の著作権と言われる物に引っかかる音が耳に入って来てしまう。
大音量の街頭ラジオ, カーステレオから聞こえる音楽など。

自分は繁華街のざわめきや人だかりの音とセッションをしたかった。

でも自分の耳に入ってくる音は,声や身体動作からなる音以外に沢山の音や音楽が耳に飛び交って来る。

携帯の着信音、着メロ、誰かが街頭で歌うヒット曲,駅のアナウンスなど

著作権に値する音は,町に溢れ,反響し合う。

誰が音を管理するのか。そもそも音を管理する事が人間に出来るのかと思ってしまう。

目に見えない音の波動は,たとえ小さな舌打ちでさえ世界に影響を及ぼしていると言う。

今後,繁華街の音は,特定のライブ会場の様に録音をしてはいけなくなるのか?
録音方法に進化がある限り、どこに縛りや約束事を儲ける事が出来るのか?

自分の録音方法は、固定の場所に留まらず,歩きながら録音する。

従来の著作権が適用するのは,自宅での編集やスタジオでの録音までだと感じてしまう。

これだけ機材やあらゆるメディアが進歩している状況で、著作権や法律は取り残されているのではないか?と疑問に思ってしまう。

耳に入って来る音。普段は意識もしない音。聞き流す様に訓練してしまった音。

音がどういうルートで反響をするのか?

例えば繁華街では音の反響を計算し尽くせるのか?

入り組んだビルに、沢山の人,風,によって反響、又は運ばれる音を誰が予測出来るのか?

風に運ばれて聞こえる、場所の定まらない「いらっしゃいませ〜」のかけ声。

売り出し中の曲をかけながら繁華街を走る、スピーカーを積んだ宣伝トラック。

客の出入りにより、放出される店内放送。

音は自由に繁華街に反乱し、自由に反響できる場所を探しているみたいに聞こえる。

特にパチンコ屋の前などが、面白い。音が目に見えるのではないかとも思う。
凄まじい音の粒が客の出入りによる入り口の開閉で音達が一斉に町に飛び出してくる。
入り口からドバ〜と銀色からカラフルなもの、どす黒いものが一気に昆虫が飛び出す様に放出される。でも繁華街はその音を一瞬にして吸収してしまう。

現在も東京との録音を試行錯誤をしながら続けている。
様々な疑問を抱えながら,東京の音と向き合い,セッションをする。

明確な答えを出し切れていない自分がいるが、これからの録音を通じてもっと考えて行きたいと思う。

100316

[PR]
# by border_records | 2010-03-16 15:38


その他のジャンル
BR tweet
ブログジャンル
画像一覧